新甲子温泉 甲子高原フジヤホテル(しんかしおんせん かしこうげん ふじやほてる)(福島県)

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  • 【流れ星に願いを】
    先日娘の高校に行ったとき、「とりあえず」と発言した生徒に、すかさず先生が「とりあえずと言うな」と正したことがとても印象に残りました。自分も何となく会社に行っていた頃は、「一応」とか「とりあえず」という言葉を使いがちでした。企業は労働力確保のために従業員を会社依存させる必要があり、飼いならされるうちにサラリーマンは主体性を奪われ、とりあえず生きるようになります。書籍や自己啓発セミナーに救いを求める段階で、すでに本質から外れていると思います。先日の講演で、流れ星が流れる瞬間とっさに3回唱えられる願い事があるか、という話を聞いたとき、そんな明確な夢を持った社会人がどれほどいるのか考えさせられました。自身お金を稼ぐことより何かを成し遂げるほうが大切だと思えるようになったのは比較的最近です。

  • 【気づかないのは自分だけ】
    かつてソ連の政治家が西側諸国を旅行したとき、どの店にもパンが並んでいるのを見て、パンの配給責任者に会いたいと申し出たという笑い話があります。資本主義という宗教を世界に広めたのは競争原理という見えざる手です。市場との競争、競合との競争、そして社内での競争が企業を生きにくい場所にしていると思います。常に競争や他人との比較にさらされる序列化された現代の職場は、素で生きることを許しません。そして、収入を組織に依存すれば人は卑屈になります。世間では70年から80年周期で世界が大きく変動するという周期説が信じられています。たまったひずみのエネルギーがほぼ70年周期で解放される地震と同じメカニズムです。明治維新、終戦と来て日本はそのひずみを戻す時代の変化に直面しています。その変化に気づいていないのは、時代を目撃している他ならぬ自分たちだけだと思います。

  • 【勤勉な日本人がはまる努力の罠】
    昨日は日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏の話を聞きました。小学校3年でフェンシングを始め4,300日の間一日も練習を休まず、継続は力だと言います。他方で毎日練習をするのは試合に勝つ手段のはずなのに、ルーチンで練習をすれば手段が目的にすり替わるという話は、毎日惰性で会社に通っていたサラリーマン時代を思い出します。努力することは才能の一つでしょうが、明確な夢や目標、残された時間の意識なく働くことは人生の浪費です。努力でカバーできないことにはくよくよしないという話も印象に残りました。フェンシング競技では不利なアジア人の体型は変えられなくても、肩の関節可動域を広げリーチを伸ばすことは努力でできるという話です。一番感銘を受けたのは、来年のオリンピックのフェンシング競技20万席の完売が視野に入ったというマーケティング能力で、観客が見たくなる演出にテクノロジーを使う手腕です。かつてのフェンシング競技は、写真の全日本決勝戦のように観客が誰もいなかったそうです。

  • 【たちの悪い勤め人】
    昨日は確定申告に行きました。少し面倒な処理が必要で、青色申告会、税務署、申告会場に行くはめになり、これに対応する職員の人件費まで考えると税徴収に伴うコストは身の毛もよだつほどです。税務署は融通のきく役所で、古い企業の管理部門にありがちなロボット人間みたいなことは言いません。こうした融通の加減も学習したAIにこれらの業務は遠からず代替されるはずです。融通のきかないロボット人間と融通のきくAIの対比は悪い冗談のようですが、すでに現実だと思います。前のブースで申告していたリタイアしたと思しき男性は最初文句ばかり言い怒っていたのですが、気を利かせた職員が年金の支払い元を確認したのか「すばらしい会社にお勤めだったのですね」と言った瞬間に態度を豹変させ上機嫌でした。会社の看板にすがるしか生きる術のない人もロボット人間同様にたちが悪いと思います。

  • 【死の商品化】
    役に立たない本に時々出会います。後味が悪いのはそれが世間で名著の誉高い本の場合です。昨日読んだ、「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義、は国内で10万部を売るベストセラーなのですが、後味の悪い一冊でした。近年「死」について正面から取り上げる本が増え、いろいろな主張があってよいと思いますが、理にかなっているかどうかを論ずるテーマとは思いません。さまざまな説や考え方を検討し、妥当な結論に至るアプローチは、その陳腐なたとえ話もあって生理的に受け入れられません。合理性に焦点をあてる論法は、命を軽々しく扱っているようで嫌悪感すら覚えます。「死」について理解したいのではなく納得したいのです。売りにくいとの理由から、原著の前半の考察を省いた「日本縮約版」の表紙に書かれた、「人は、必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるべきか」という文字が虚しい宣伝文句に見えます。

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