新甲子温泉 甲子高原フジヤホテル(しんかしおんせん かしこうげん ふじやほてる)(福島県)

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  • 【忙しいときほど山に行く】
    昨日は高尾山に登りました。忙しいときほど山に行くべきだと思います。ぼくにとって早朝のラン&マインドフルネスは脳のポテンシャルを呼び覚ます最強のビジネスツールです。朝の4時間をつぶしてもその後の仕事の生産性の高さを考えれば十分に行く価値があります。残念ながら多くの企業は成果ではなく時間を管理しますので、こうした変則的な働き方を許しません。鳥のさえずりを聞きながら森のなかを足早に登り、山頂で軽食と短い瞑想のあと、速いテンポの曲を聴きながら、気持ちのよいシングルトラックのトレイルを駆け下りることで全身に血が巡ります。早朝の森を駆け抜ける喜びは至上のリトリートです。自宅に戻る10時には脳は仕事モードになっています。企業でこのような本質的かつ非常識な議論ができるまでにはまだ時間がかかるのかもしれません。

  • 【大人は夢を語ってはいけない?】
    コンサルタントの仕事はクライアントの業績を継続的に向上させることです。経営上の合理的な意思決定を支援する業務で、アートとサイエンスで言えば専らサイエンスの領域です。しかし医者の不養生を地で行くように、自分が旅館を買ったときは合理的な数値分析や論理性のかけらも存在しません。昔から国立公園内で宿を経営することに憧れていました。前オーナーとの面談時間前に旅館の下を流れる阿武隈源流沿いの朝もやのかかる美しい森を30分も歩かないうちに心は決まっていました。資金の目処も旅館経営をしたこともなく、まだその旅館すら見ていないのにです。人は生涯を通じてバランスを取るようにできているようです。自分の前半生は慎重かつ予定調和そのものでした。夢を語るなんて大人のすることではないと思っていました。今は夢の力を信じています。

  • 【限界のその先にある未来】
    日本工学院に来る週半ばの2日間は学校教育を考える思考モードになります。自分が貢献すべきは、会社で生かせそうな題材をもとに学生の脳を鍛えることです。自ら学ぶ楽しさと思考習慣をつかむ端緒をどのように伝えればよいのか考えます。頭と体をフルに動かすことで、良質な睡眠がとれ体を回復させます。健康で充実した人生には両方をバランスよく使うことが重要です。自分自身これまでの人生のなかで、両者が一番バランスしているのが今だと思います。しかし、他人の人生訓が行動変容につながることはありません。深い内省をすることなく、誰も自らの行動を改めることをしません。皆の人生に影響を与えるなど土台無理な話です。一人か二人の記憶に何かを残せれば十分です。教育は使命感と無力感の繰り返しだと思います。体と頭の限界のその先にある未来を見つめてほしいのです。

  • 【タレントを探し成長させる】
    「50歳を超えたら、自分が本当に欲しいもの、必要なもの、諦めないといけないものを明確にしないといけない。私はキャリアのために生まれてきたのではなく、さまざまなことを経験し、挑戦するために生まれてきた」。先月引退を宣言したアリババ創業者のジャック・マーの言葉です。世界最大級の企業を生み出した能力は、最初のキャリアである教師時代に修得したと言います。「タレントを探し、トレーニングして、成長させる」「第5世代まで、リーダー候補者がいる」ほどの人材の層の厚みは、後継者不足による廃業ラッシュが続く日本とは別世界です。「教えることは、自らの人生を振り返ることになる。誰かを真似するのではなく自分らしくいること、それが大事なことなのだ」。自分と同世代の言葉は心に響きます。

  • 【労働から時間概念を消す】
    昨日は千葉県の企業に伺いました。どこでも人材確保の難しさを聞きます。日本の生産性が先進7カ国最低で、欧米の6割程度にしか達しない理由は無駄な仕事と集中力の欠如が主因だと思います。無駄な仕事を疑いもなくするか、仕事をするふりで一日を過ごしているケースが大半です。1990年代初頭をピークに多くの産業では市場規模が縮小していて、その主たる理由は単価の低下です。生産性の問題に限らず、経済成長期の方法で仕事をしていることがずさんな管理会計をはじめとした企業の諸問題を生み出しています。生産性を高める方法は時間労働という概念をなくすことだと思います。「成果」を管理せず、賃金の基準が工場労働と同じ「時間」という矛盾こそが日本の生産性を最低にしていると思います。製造業の生産性は今でも低くありませんが、工場管理の方法で他の産業を管理することに無理があり、解決策は労働から時間概念を消すことだと思います。時短も悪くないのですが、本質を理解せず時短をすれば生産性はさらに低下します。コンセプトとしての成果主義は成果を管理しませんので、働く人は労働を主体化することがありません。

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