新甲子温泉 甲子高原フジヤホテル(しんかしおんせん かしこうげん ふじやほてる)(福島県)

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  • 【サラリーマンの収支】
    働くという行為にはあちら側とこちら側という二つの世界があると考えるようになりました。以前の自分がそうですが、サラリーマンは贅沢を言う人種だと思います。仕事が忙しいと文句を言い、もう一歩を踏み出して仕事をしません。自分で仕事を生み出す苦労をすれば文句を言う気など起こりません。追い込まれると生きるために何でもやろうとするから、結果的に人は何でもできると思います。自分で仕事を生み出すことは自己実現に至る可能性が高まります。生きがいの源泉は自由と主体性を手にすることだと思います。サラリーマンの収支が割に合わないと感じるのは、それらを手放す代償に比べ、将来が昔ほどには安全でないからです。娘が帰国したので、週末に一流とされるホテルで食事をしましたが、粗相が目立ち安心して食事ができません。外食を避けたい一番の理由は、高くないモチベーションの人々の仕事ぶりで不快な思いをするからです。

  • 【共に闘う姿勢の欠如】
    昨日は小室直樹氏の著書「硫黄島栗林忠道大将の教訓」を読みました。硫黄島の激戦が戦後を変えたとする視点は、戦後の発展を違う目で見ることができます。硫黄島は自分にとって特別な島です。グアムに向かう機上からその島影を遠く望むことができ、摺鉢山の特異な形状が目をひきます。以前遺骨収集に行こうとした年は渇水で事業が中止になりました。劣悪な条件下数ヶ月で18.5kmもの連絡地下道を完成させ、逃げ場のない絶海の孤島で圧倒的な物量の米軍に日本軍以上の損害を強いたのは、栗林中将の統率力にあるとされます。優れた指揮官の共通点は従来のしきたりや戦術を根本から考え直す洞察力と合理性だと思います。命令ではなく、先頭に立ち共に闘う姿勢こそがリーダーシップの原点であり、無責任体質の蔓延する日本に一番欠けているものでしょう。

  • 【社会規範に従う危うさ】
    留学先で16歳を迎えた娘が、昨日シンガポール経由で帰国しました。美しい自然と多くの動物に囲まれるホームステイ先は、まさしく人が本来暮らすべき場所です。互いに喪失感もなく10ヶ月以上離れていた実感がありません。変わったのは娘自身の将来に対する考え方が明確になったことです。自分が10代のときは社会の決める価値規範に従っていて、何をしたいか真剣に考えることはありませんでした。人生100年時代にはリタイアを前提とするサラリーマン的キャリアは安全な生き方ではありません。安定と引き換えに将来の選択肢を手放すより、先が見通せない不安定さであっても将来を自由に選択できるキャリアの方が生き残れる可能性が高いと思います。お金を尺度にする幸せの限界が見えたときから、不合理なルールに縛られ息苦しい生活を強いる社会規範に必然性を見出せなくなりました。特定の組織で働くという価値規範に規定されてしまうと、自分自身の居場所を俯瞰的に見ることができなくなり、それは不幸なだけでなく危険なことだと思います。

  • 【欲の二面性】
    誤った生活習慣を正す鍵は、欲の二面性に気づくことだと思います。食欲の赴くままに食べる快楽としての食事がある一方で、質素な食事にしみじみとした幸せを感じます。顕著なのは運動に関する欲求です。中年を過ぎて本格的な運動を始めるまでは楽をすることばかり考えました。山のなかを何十キロも走るなんて想像もしません。苦行のなかにある自分だけの静寂な時間を知ると、体を動かさない安楽な生活に罪悪感を覚えます。座る生活の有害さはいまや多くの人の知るところです。我が家の椅子は全てバランスボールですが、体幹を鍛えられバランス感覚が養われ、運動になり、移動が簡単で、楽しめそして安いと良いこと尽くしです。自分の意識を180度転換させた運動こそが幸福に近づく手段だと思います。

  • 【復讐する成功】
    カルロス・ゴーンの人生を狂わせたものを知りたくて、昨年元旦に掲載が始まった日本経済新聞の「私の履歴書」を読み直しました。ルノー と日産の官僚体質にメスを入れ、両社を再生させたばかりか日本の系列取引を破壊し鉄鋼業界の再編まで引き起こしたその破壊と創造は、日本の経済史に名を留めるに十分です。よもや2年後に逮捕され拘置所で日本の冬を迎えるなど想像もしなかったことでしょう。ブラジルに向かう高度1万4千メートルのコーポレートジェットの機内で書かれたという文書を読むと、感慨深いものがあります。複数ブランドを同じ製造ラインで生産する「クロス・マニュファクチャリング」や最良の人材を集める「クロスファンクショナルチーム」を最善と信じ、互いを尊重し合う文化の融合により統合すべき事業を一緒にする経営手法は、移民ゆえの多様性とアイデンティティーがそうさせたのでしょう。自分の原理原則を離れたときに失墜が始まると思います。30代半ばを過ごした米国のサウスカロライナ州での生活が公私ともに幸福な時代だった、と述懐している記述に目をひかれました。

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